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広島市佐伯区五日市町(いつかいちちょう)

広島湾の北西沿岸部に位置し、東を八幡川、西を三筋川が流れています。JR五日市駅があります。

地名の由来は、戦国時代、定期市を五日に開いていたことにちなんで、五日市となったといわれています。
海老山はもとは島でしたが、江戸時代に埋め立てられて地続きとなり、現在はさらに埋め立てが進み以前は島であったことがわからなくなっています。
この麓にある塩屋神社は、五日市周辺の開発者といわれる湯蓋道空(ゆぶたどうくう)を祭っています。湯葢道空には天邪鬼(あまのじゃく)伝説という地元の逸話が伝わっています。佐伯区役所前にも天邪鬼の像がたっています。

この物語、親いうことを聞かず、いつも反対のことばかりしている息子に湯蓋道空が死ぬ間際、本当は山に葬って欲しかったのですが、それを言うと反対のことをされると思い、「海に墓を立てて欲しい」といったそうです。
そうしたら、なんと息子は、親の遺言を聞き、道空の重いとは裏腹に海に墓を立てたそうです。
五日市沖の津久根島という小さな島には、道空の墓があります。

沿岸部を山陽道が通り、江戸時代末期、幕府が落ち目となるきっかけとなった長州戦争で、光禅寺に幕府軍の陣が置かれました。


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広島市佐伯区屋代(やしろ)

広島工業大学の南隣から北の極楽寺に延びる南北に長い町です


屋代は「社」からきたところが多いといわれています。
極楽寺に登る参道です。地獄谷という地名も残ります。

極楽寺は、標高693mの極楽寺山の山頂付近にたち、屋代からは極楽寺山に登る少しきつい参道があります。行基が731年に開山し、聖武天皇がこれに伽藍を建立したと伝えられています。戦国時代に毛利元就によって再興された本堂は、唐様式で県重要文化財に指定されました。本尊の十一面千手観世音菩薩像は行基作で、のちに弘法大師が開眼したと伝えられている由緒あるお寺です。

また、一説に、やしろの意味は「やしろはや」言われる「湿地」という意味と、「しろ」といわれる、山腹の平坦地という意味から来たと言われて、山腹の平坦地に湿地が続いている事を意味するとそうです。

屋代川上流の地獄谷に「竜神の釜」と呼ぶばれるところがあります。ちょうど、宮島カンツリークラブの東端です。そこでは川底の岩盤のくぼみ、いわゆるオウケツがあり、古来 住民はこれに近づくことを嫌い、かんばつの時にここで雨乞が行われたということです。現地には、案内のカンバンがあります。

屋代川は水量も少なく、小さな川ですが、1999年の7月、集中豪雨で この屋代川が氾濫、土石流が押し寄せ、多くの死者を出しました。


posted by chimei-hunter at 16:27 | Comment(0) | 広島市佐伯区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする