>

広島市中区堺町(さかいまち)

広島市の繁華街、本通から平和公園をぬけ、本安橋を渡り、西へ向かうと、堺町です。

堺町は、赤バス通りといわれる平和公園からの旧山陽道沿いにある町で、電車通りをへだて、1丁目、2丁目が分かれています。
昔、広島の区画整理の際、今の大阪・堺から広島に来た「境屋」商人が住んだことから、その屋号にちなんで堺町という町名になりました。
堺町は旧山陽道と堺町筋といわれる出雲街道が交差する交通の要衝でした。空鞘神社境内には、出雲への道標が移設されて保存されています。
今でも多くの問屋があり、さまざまなお店で賑わっています。現在も藤井玩具や、家具店などがありますが、堺町は市内中心部近いことから分譲マンションなどの建設が増えているところでもあります。



posted by chimei-hunter at 03:25 | Comment(0) | 広島市中区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広島市中区千田町(せんだまち)

元安川と京橋川に囲まれた広島市中区の河口に位置し、南は宇品橋で南区とつながっている比較的広い町です


明治に入り、現在の県知事にあたる職にあった「千田貞暁(せんださだあき)」が 現在、広島市南区の広島港、宇品の港を開きました。
これにより、埋め立てが進み、宇品への道は千田貞暁の名を取って、千田通りと呼ばれました。千田町はその道沿いにあり、町名は千田通りに由来します。千田公園には、千田貞暁の銅像が建っています。
その後、高等師範学校・高等工業学校、のちの広島大学・広島大学工学部ができ、昭和14年には赤十字病院・日赤病院が建ちました。現在、広島大学は東広島市に移転しました。




posted by chimei-hunter at 03:34 | Comment(0) | 広島市中区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広島市中区田中町(たなかまち)

平和大通りの東端ににあたり、駅前通りの交差点は田中町交差点と呼ばれています。現在は地下交差となり、交通もスムーズになっています。

田中町は、江戸時代、広島城下の武家屋敷の立つ土地で、寛永元年、浅野長晟(ながあきら)が漢学者・石川丈山(いしかわじょうざん)を招き、田中町に屋敷をニ軒建て一軒を丈山に与えました。
そのため、このあたりを「ニ軒屋敷」とも呼びました。
当時、屋敷の周囲に池がありましたが、その後は、干拓されて田んぼとなったので、田んぼの中の屋敷ということで田中屋敷と呼ばれ、地名の由来となったようです。



posted by chimei-hunter at 13:35 | Comment(0) | 広島市中区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広島市中区立町(たてまち)


広島市中心部で、本通りと相生通りにはさまれた繁華街です。路面電車の駅もあります。



江戸期からの町名で、立町は、広島城の外堀の南にあった立町御門に通じる南北の通りに沿った町でした。「平田屋本通り筋を横町とし、それに対して立町といふか」と知新集(ちしんしゅう)にあるのが町名の由来です。



posted by chimei-hunter at 13:49 | Comment(0) | 広島市中区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする