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呉市音戸町(おんどちょう)

呉市を南に走り、倉橋島とをつなぐループ橋のかかるあたりが、音戸町です。音戸町は、橋を渡り、島側に広がる町です


今でも航路として、重要な音戸の瀬戸は、平安時代末期の平清盛の大事業でした。昔は難工事には人柱を立てるなどをして工事の完成を祈願しましたが、清盛は人命を尊び、人柱のダミーを作り、それで祈願し工事を完成させました。
地元の人たちは清盛公を崇拝し、死後、功績をたたえ清盛塚を作りました。その塚にある石塔、石の塔を、丁寧な呼び方で、御塔(おんとう)と呼ぶようになり、それが音戸に変化したといわれています。
現在も、清盛塚は、当時をしのばせる名所として、音戸の瀬戸の西側に建っています。

posted by chimei-hunter at 23:12 | Comment(0) | 呉市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呉市 宮原(みやはら)

呉市内から、音戸の瀬戸に向かう途中にある山すそに広がる町です。   

戦前は、海軍工廠(かいぐんこうしょう)つまり、武器などの製造をする工場があったため、多くの工員が住んでいました。
呉市街地から少し離れていることもあって、独立した町を形成していたということで。

町名の由来は、紀元前、日本の初代天皇、神武天皇が駐在されていたという伝説からその名がついたといわれています。
呉市宮原には八咫烏(ヤタガラス)神社があり、八咫烏とは、神武天皇が東に向かう際、日本神話の神、タカミムスビによって、神武天皇の元に遣わされ、熊野から大和への道案内をしたとされる三本足のカラスです。
八咫烏はサッカー日本代表チームの公式マークでもあります。





タグ:神武天皇
posted by chimei-hunter at 14:01 | Comment(0) | 呉市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする